戦争写真は芸術か?記録か?
「何言うとんじゃい!戦争写真は記録に決まっとるわい!」
不肖・宮嶋こと宮嶋茂樹先生なら、おそらくそういう言葉が返ってくるでしょう。確かに無益な戦争を起こさない意味において、わが国にとっては貴重な「負の遺産」とも言えます。しかし、近年の湾岸戦争や世界各地で起きる武装勢力に対する紛争の写真や映像を観ていると、どうしても先進国、特にアメリカの軍事力のプロパガンダ(政治的意図のもとに主義や思想を強調する宣伝)のように思えてなりません。いや、先の大戦の際も日本では「天皇の神格化」や、敗戦色が濃くなっても国民を一種のプロパガンダで洗脳し、「戦争反対論者は非国民」「わが国は勝利し続けている」等と鼓舞した挙句、「敵の手にかかって殺されるのは最大の恥辱」と多数の貴重な命を失った事実を忘れてはいけません。
話が若干逸れてしまいましたが、フォト・ジャーナリズムに携わる人々は「目の前で起きる事実」を捉えるため、命の危険に晒されても自ら進んで紛争地へ出向くそうです。理由は様々でしょうが、一番のポイントは「決定的瞬間(それはミサイルが近くに打ち落とされた瞬間であったり、人が撃ち殺される瞬間であったり、様々ですが)」をカメラで捉え、それをメディアに売って換金し続ける事のようです。表現は悪いですが、要はバウンティ・ハンターに近いと言えるでしょう。勿論、彼らはそれで生計を立てておられるのですから、彼らの仕事を全否定するわけではありません。
☆一ノ瀬泰造先生の軌跡その1(約10分)
その2(約9分)
その3(約9分)
その4(約9分)
その5(約9分)
その6(約3分50秒)
では、戦争写真は単に収入を得る手段にすぎないのでしょうか?そのためには目の前の人々を助けようと考えないのでしょうか?尤も、そうなると「演出写真」ひいてはプロパガンダの道具と化してしまう危惧はありますが・・・。
確かに平和ボケと揶揄されている日本において、世界各国の情勢を写真で伝える使命感を少なからず彼らは担っているはずです。綺麗事かもしれませんが、そこに私利私欲やプロパガンダが介入すべきではない、と私は考えます。しかし彼らが現地で得た情勢等を何らかの形(写真展、写真集、シンポジウム等)で発信しない限り、広く一般に知らされる事もありません。先述のように現地では常に命の危険に晒されており、取材する側も自分の身の安全と他を出し抜くスクープ写真を得る事だけ考えざるを得ない状況であり、フォト・ジャーナリズム面での評価は後からついてくるようなものです。従って、芸術写真等と考える余裕すらないはずです。第一、風景写真なら自宅のリビングに飾っても楽しめますが、紛争写真を飾って・・・というケースは皆無でしょう。
☆澤田教一先生の軌跡その1(約9分40秒)
その2(約9分45秒)
その3(約9分40秒)
その4(約9分45秒)
その5(約7分)
ただ、フォト・ジャーナリズムも時代と共に変化を遂げており、戦闘シーンばかりでなく、戦地に咲く一輪の花や子供の写真、戦争の影響による環境破壊を訴える写真も少しずつ増えてきているようです。
☆ロバート・キャパ・5つの戦場を撮った男(ETV特集)その1(約10分20秒)
その2(約10分25秒)
その3(約10分16秒)
その4(約10分15秒)
その5(約3分50秒)
戦地に赴く写真家の方々には、くれぐれも資金繰りに喘ぐあまりプロパガンダに奔る事なく、リアリティを追求していただきたい、と思います。
戦場に行った事もないくせに、生意気な・・・と詰られるかもしれませんが、誰しも真実を知りたいはずですし、写真家の目線が観る者の心を揺り動かすのですから・・・。
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