映画・テレビ

こちらは映画女子?SOL「RAINBOW TRAVELER」でデビュー

 いきなり海外を想わせるテレフォンボックス?から始まるとは、ある意味シネマティックな見せ方と言える。


 ただ、その前後にセリフが入っていたり、他のアクションを行っていれば更に叙情的な流れに進んでいた…かもしれない。


 所詮現代アイドルソングPVである以上、展開はやむを得ない部分はあるが、何らかのストーリー性を盛り込んだ方が良かっただろう。


 但し、ストーリー性を重視するあまり、曲の前後が長すぎるのも考え物ではある。説明的な内容に終始する方が誰にでも分かりやすいのだが、それでは何のためにロングVer.に仕立てたのか、意味が分からなくなってしまう。十人十色的に様々な感想を視聴者に持たせ、彼女達が果たしてどういう存在なのかを考えるのもいい。ここまで来ると、ただのヲタクでしかない、か?


  そういえば、一般的に現代アイドルのコスチュームは個別カラーが施されたミニスカートやショートパンツの場合が多いのに、SOLに関してはロングスカート、あるいは裾の広がったワンピースのように見える。そこにも他の現代アイドルとの違いが見いだせよう。

 
 だから何がどう違うのか?と言われると、言葉に詰まってしまうのだが(^^;


 「ソル」と読む。公式サイトは記事制作時現在、見当たらない。公式ツイッター(プロフ)には「ここから始まるシネマティックニューカルチャー」としかない。


 音楽ナタリーではNEO JAPONISMを手掛けるプロデューサー・加藤楓氏が「毎回のライブをお客様が映画を見ているような気持ちになれるパフォーマンスにしたい。同じ曲でもどこか違う、観ればみるほどハマっていくグループを目指します(以下略)」とコメントした旨の記事を出している(※出典、引用:2019年1月18日付音楽ナタリー記事『"シネマティックニューカルチャー"を掲げる5人組アイドル・SOL、新曲MVを公開』)。


 なお、「RAINBOW~」は同タイトルのライブ会場限定CD表題曲らしい。

 

 ラジオから誕生したのが「らじお女子」なら、映画から誕生した?のが「SOL」なのか。


 いや、正確には映画を見ているような気分にさせてくれるライブを展開するのが「SOL」なのか。


 そこまで言うのであれば、本曲PVもムービー風に仕上げて欲しかった。ただ、短編(~15分程度)であってもデビューしていきなり映画風のPVを制作しようものならコストもそれなりに掛かるし、ある程度長尺になると視聴者側に精神的負担を強いる事にもなりかねない。下手すれば「長すぎ!」とブチ切れる?


 つまり、映画のようなストーリー性を持たせるのではなく、パフォーマンスを映画のように見せたいのだろう。といって、ライブでワイヤーアクションするとか、3D映像をバックにするといった類ではないはずだ。あくまで「シネマティック・ニュー・カルチャー」なのだから…。


 若干表現は悪いが、何せ「シネマティック~」は"初物"なので、先の予測すらつかない存在こそ、SOLに他ならない。


 …時間はかかるかもしれないが、じっくりと手の内を見せてもらうとしよう。












| | コメント (0) | トラックバック (0)

ついに来た!異色の現代アイドル・・・なのか?吉本坂46「泣かせてくれよ」でデビュー

 さて、彼らをどう見るか?


 楽曲的にも、PV的にも何ら問題はない。夜間、もしくは暗所撮影ゆえに多少の黒つぶれはやむを得ないだろう。

 

 問題があるとすれば、メンバーかもしれない。かの秋元康氏が吉本興業社長の依頼を受け、初の芸人現代アイドル、しかも一連の"坂"シリーズの中でも唯一、男女混合アイドルユニット(※記事制作時現在)として、オーディションで厳選された精鋭達が集うのが「吉本坂46」なのだ。

 

 秋元氏の突然の発表に、吉本興業所属の芸人、タレント等は誰しも戸惑ったはず、である。それでも腹を括ったのか、応募者は結構いたらしい。女性タレントや関連アイドルグループ元メンバーならまだしも、ベテラン芸人までも応募したというが、メンバーとして活動でき得るのか、甚だ疑問である。


 CDジャケット・フォトやPRポスター等への露出は可能だろうが、現代アイドルとしてのパフォーマンスを求めるのは正直、酷だ。

 

 更に言うなら、個別練習はともかく、メンバー全員揃ってのフォーメーションダンスは個々のスケジューリングから考えても厳しいだろう。尤も、結成された以上、調整等は行われるものと思うが・・・?

 嘗て東京に対抗して?大阪パフォーマンスドールを結成させた吉本興業だが、さすがにAKBグループ、○坂グループをプロデュースする秋元氏の時代の到来を悟ったのか。


 周囲の声には「売れなくなった芸人達をアイドル化して、何をしたいのか?」「秋元氏の格が落ちた」など、アンチテーゼを表明するのが非常に多い。しかし、公式動画チャンネル登録者数は26,000人にも及んでいる。


 勿論、AKB48の同チャンネル登録者数230万人には全く足元にすら及ばない(※いずれも記事制作時現在)が、吉本坂のファンは少なからず存在する事実を認めなければならない。


 果たして2019年のTIFや@JAM、アイドル横丁祭りに彼らが登場するのだろうか?あるいは時季が時季だけに、若年層から中堅レベルを選抜して充てるのか?


 個人的には、場の空気が変わってしまう気がしてならないのだが・・・。









 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新たな活路?シンガーソングラドル!藤田恵名「月が食べてしまった」

 月は何を食べたのか?

 

 悪夢か、はたまた今日一日のヒロインの姿か?


 その前に「月は生物ではないのだから、何かを食して生きているはずがないだろ!」と反論する人が多いかもしれない。まさか月をパッ〇マンに見立てたとは思えない。


 学校のトイレで虐められるヒロインを救った女性は、全身黒装束であり、それは喪服姿のようにも見える。正義の使者には相応しくないスタイルだ。差し詰めダークヒロインのようなものか。


 何も「黒=ヒール」と限ったわけではないが、印象としてはどうしても過去に植え付けられてしまった潜在意識が働いてしまう。ある意味、悲しい性、且つ一種の偏見である。

 
 しかし、黒装束の女性はどこから現れたのか?疾風のように現れて、疾風のように去っていく月光仮面じゃあるまいし・・・。そうなると、ヒロインが送信する無言のヘルプが創り出した存在、つまり架空の人物なのかもしれない。

 
 本当にヒロインが求めていたのかどうか疑わしいが、状況的には「誰でもいいから助けて!」だったのだろう。そこへやって来たのが、偶々黒装束の女性だった、だけ?


 突然、ゲーム感覚的に仮面を被った謎の存在が登場し、剣を振り翳し襲ってくる。もし彼らに殺されたら、そこでゲームオーバーとなるのか?

 
 正にヒロインにとっては一難去ってまた一難だが、幸いにもラストで全ては夢だった事が判明する。ゆえに?ひと安心して二度寝するのだ。


 獏は夢を食べると言われているが、それを月が横取りしたとするなら、獏は黙って引き下がってしまったのだろうか。何せ相手は巨大な月だけに抵抗すらできなかったのかも・・・。

 
 案外、ヒロインが獏の存在を知らなかった可能性はある。若年層に「獏」といったところで、どういう答えが返ってくるか。仮に「人物」と答えたとすれば、それは寧ろ中高年層であろう?


 考えれば考えるほど深みに陥る、私の悪癖がまたも出てしまったようである

 「ふじた・えな」と読む。まるで嘗ての山本リンダや杉本彩を彷彿させるセクシースタイルについ目が行ってしまう。というか、何らかのガードを施しているとは思うが、上半身はノーブラ?、ベスト1着のみである。寧ろ先の2人よりも過激?


 それもそのはず、彼女はグラドル兼シンガーソングライターという。それを纏めて?「シンガーソングラドル」と定義しているらしい。公式サイトによるとキャッチは「今一番"脱げる"シンガーソングライター」。こんなキャッチを付されれば、イヤでも気になるだろう。

 
 デビューは2012年11月「夜行列車」で、3thシングル「ユメヒコウセン」でメジャーデビュー(※レーベルは日本コロムビア)したが、4th「言えない事は歌の中」でキングレコードへ移籍した模様。「月が食べてしまった」は通算5th、且つ3rdメジャーシングルとなるらしい。

 
 彼女の特徴はこれで終わり、ではない。通常限定盤、通常盤等とするところを彼女の場合、特に「言えない事は~」から「着衣盤」「脱衣盤」としている点だ。着衣盤のジャケット・フォトはコスチュームなどを纏っているのだが、脱衣盤のソレはその名の通り、オールヌード状態である。但し、見えそうで見えないところが"じれったい"?

 
 さすがはグラドル!と言いたいところだが、購入する側は躊躇しないのだろうか。その影響か、「月が~」PV再生回数は160万回越えしている。「言えない事は~」でも28万回程度なのに、だ(※記事制作時現在)。

 
 これでは曲より彼女の「脱ぎ度」が再生回数に左右しかねない、かも?

 
 だが、意外に・・・とは失礼だが、歌声もしっかりしており、ギタープレイも本物である。何より作詞・作曲を熟せる(※シンガーソングラドルゆえ当然?)のは強みになる。

 
 ある程度の年齢に達すると、特にグラドルの場合、身の振り方に悩まされるが、藤田恵名に関して言えば、それは皆無に等しいはずだ。尤も、いつまで「脱衣」できるのかは不明だが・・・。

 
 度々申し訳ないが、当ブログは決して"いやらしい"ベクトルを持ってしまったのではない。藤田恵名をピックアップして、初めて気づいた次第なのだから・・・。






| | コメント (0) | トラックバック (0)

さらば、現代アイドルたちよ(Vol.119)「ノーメイクス」

 2018年12月7日のライブをもって、全員卒業(解散)を公式サイトなどで発表。原因は「アイドル」よりも「女優」としてのアイデンティティを明確にしていきたいため、らしい。


 女優とアイドルを兼任するハシリ的存在だっただけに、残念な気もする。


 逆に「兼任」がいかに大変か、彼女達が物語っていたのかもしれない。

 一番ガッカリしているのは、プロデューサー兼映画監督の井口昇氏?


 しかし、女優業までも終焉したわけではないので、今後それぞれの活躍に期待するしかないだろう。果たして主役、準主役級の役が回ってくるか・・・?


 チョイ役だったら、見逃す可能性大?







| | コメント (0) | トラックバック (1)

ワタシの彼はチャイニーズ?いよいよ海外進出の本格化?おとといフライデー「ウォーシャンハニー」

 一般的に中国語で"I love you"を「我愛你」と言うのはご存知と思う。

 

 ならば"ウォーシャンハニー"とは?

 

 「ウォーシャン=我想」である事はすぐに判明するだろう。

 

 単純に「ハニー」を調べれば、「蜂蜜」に行きついてしまう。まさか、只管「蜂蜜が好き」と彼女達が呟いているわけではなかろう(※本当にその可能性はなくもないが?)。おそらく英語でいう"honey"の別の意味、つまり「恋人などに対する呼びかけ」とするのが筋だ。

 

 従って「我想你」を意訳、もしくは応用したものと考えるべき、か。


 ただ、厳密には「我想你」の方が「我愛你」より想いが若干弱いと思われる。何故なら「我想你」は「あなたを想っています」という意味だからだ。しかし、ほぼ"I love you"に近い想いが込められているものと考える。


 これを日本人の奥ゆかしさとすべきかどうか、実に悩ましい。


 外国人と違って、本心をオブラートで包み、さりげなく想いを伝えるのは、日本人の習性と言ってしまえば語弊が生じかねないところだ。女性だろうが男性だろうが、ストレートに伝えればいいものを・・・。まして好意を抱いているのなら、尚の事である。

 
 彼女達のような女性から告白されれば、男性側に特段何の障害もないのなら、断る理由なんて見当たらないはずだが


 にしても、突然中国語を歌詞に採り入れた理由は何なのか?


 最も考えられる理由は、他の現代アイドル同様、アジア諸国への進出を目論んでいる事か。失礼ながら、現代アイドルが日本でオワコンとなっても、アジア諸国であれば歓迎されるだろう。

 

 それに存在しない現代アイドル「VRアイドル」等の台頭も影響している可能性はある。


 もうひとつは、モティーフが中国人男性との恋愛となっている事か。実際どうなのかは知る由もないが、山口由佳乃(現:釉佳之)の「チャイニーズ・ボーイ」へのオマージュ、リスペクト的な意味合いを持たせているのかも・・・?

 

 ・・・これは考えすぎ、やな

 
 「もしやこいつはロマンティックのしっぽ」に比べると、インパクトに欠けるきらいはあるが、中国でライブ等を開催したら、ウケるのは確実だ。


 尤も無理に進出したところで、無意味に終わってしまいかねない点を考慮すべきだろう。






| | コメント (0) | トラックバック (1)

IDOL TRIBUTES(Vol.64)「ICHIGOちゃん」

 この名を聞いて「知ってる、知ってる!」という人は、果たして何人いるだろうか。

 

 私ですら、動画を視聴し、辛うじて?思い出したレベルだ。

 

 今回は元祖ロコドルといってもいい、幻の存在「ICHIGOちゃん」の最初で最後のシングル「誰もICHIGOが分からない」をピックアップする。リリースは1985年12月21日、作詞は森雪之丞、作曲はTHE BADGE、編曲は水谷公生の各氏である。  



  何故、幻なのか?                Photo_4



 それは番組内のオーディションを経てデビューし、シングルリリースしたものの、その後、僅かな期間で肝心の番組が終了し、自然消滅してしまったからだ。ゆえに彼女達を知っているという人は、かなり僅少と思われる。



 シャレではないが、これでは「誰もICHIGOが分からない」のも道理である。というか、そちらの方が圧倒的多数を占めるであろう。


 現在はサウスゲートビルディングに名称が変わり、外観も歪(いびつ)になってしまったが、当時はアクティ大阪と呼ばれ15、16階にサテライトスタジオ「ABCエキスタ」が存在し、随時生放送をオンエアしていた。時には様々なイベント等も行われていた。


 彼女達の背後に大きなマルチモニターが見えるが、それこそ同スタジオの象徴であった。


 そこで1985年5月、平日(月~木曜)の夕方5時から1時間番組としてオンエアされていた「YOUごはんまだ?」で行われたオーディションで選考された女性9人組こそ「ICHIGOちゃん」だったのだ。

 

 一応?当番組は同時間帯にフジテレビ系でオンエアされていた「夕焼けニャンニャン」、そして「おニャン子クラブ」への対抗馬的存在だったらしいが、前半で記したとおり、番組は1年持たずして終了、ICHIGOちゃんも自然消滅を辿ってしまった点から考えて、どちらに軍配が上がったのか一目瞭然である。


 アクションがユルすぎ!と思われたかもしれないが、当時はこれでも十分通用したのである。現代アイドルと比較するのが、そもそもの間違いであろう。

 

 ICHOGOちゃんの人気は決して悪くなかったが、挑んだ相手が悪かった。何せ飛ぶ鳥落とす勢いだった秋元康氏をバックに、人気急上昇中のおニャン子クラブ、そして周りを固めるのがとんねるず、当時モノマネ等で人気があった片岡鶴太郎らなのだから、勝てるわけがない。


 但し、メンバーの中にはモモコクラブを兼任する存在や、後々東京進出を果たした者などがいたらしいが、せめてICHIGOちゃんとして番組終了後も芸能事務所に所属し、活動の枠を拡大していれば、フェードアウトでは終われなかったと思うのだが・・・?

 

 元祖ロコドルらしいといえば、それで話はジ・エンドである。にしても、あまりにも短命すぎる(※実質の活動期間:約8ヶ月程度)のは、現代アイドルに繋がるかもしれない。


 だからといって現代アイドルには、彼女達をサンプリングして欲しくないものだ。


 尤も、番組終了~解散に至った現代アイドルも少なからず存在するのだが・・・。






| | コメント (2) | トラックバック (0)

実は、あの香港大スターのファンだった?ゆるめるモ!「ネバギバ酔拳」

 前段が若干長めの尺(※とはいっても、2分前後)だが、もう少し画質を落とせば昔の香港映画風には見えるだろう。せめてNegiccoの「愛かましたいの」ぐらいの内容は欲しいところだ。

 

 しかも成龍(ジャッキー・チェン)を捩ったであろう?女子社員の名前(※わざわざ"成龍"の部分だけ拡大フォントになっている)といい、彼女に悪徳社長?の股を潜らせたりして、大丈夫なのだろうか?エンドロールを見る範囲では、一応リスペクトしている旨の記載があるようだが・・・。

 

 という事は、本作はPVでありながら、ジャッキー・チェン主演映画「酔拳」の現代風リメイク版?


 だが、曲が始まった途端、雰囲気が一変してしまう。しかも、メンバーが師範というのもどうなのか?と考えてしまうが、所詮現代アイドルソングPVでしかない、という事なのか。


 おまけに事情はどうあれ、自分が勤務する会社の社長に酔拳で挑むというのは、通常の現代社会ではあり得ない。仮に実際に行おうものなら、確実に解雇されるはずである。

 
 たとえ、ブラック企業であったとしても、だ。


 バブル期だったか、OLが課長か社長かの机にいきなり辞表を叩きつけ「こんな会社、や~めた!」と社員の方に向き直り、机に腰掛けながら大声で叫ぶCMがあったはず(※という、微かな記憶?)だが、今作はいわば、それのバイオレンスVer.?


 そういえば映画("ドランクモンキー 酔拳")の方も、酔拳を教えてくれた師匠が実はラスボスだったような・・・(※上記に続き、微かな記憶のみで語っている事をご容赦いただきたい)?


 それを凝縮させて!現代アイドルソングPVでやってしまう勇気と情熱?にまずは拍手を送りたい。勿論、誹謗中傷する意図等は全くない。


 ゆるめるモ!も大変だったとは思うが、それ以上にスタントや指導も大変だったはずだ。


 しかし、物凄い数のスタッフが関与していた事に、あらためて驚かされる。おそらく通常のPVでも、これほど多くはないだろう。


 本曲は「NEVER GIVE UP DRUNK MONKEYS EP」リードソングだが、タイトルからしても、事実上の表題曲と言ってもいいだろう。


 だが、何故このタイミングで「酔拳」なのだろうか?

 
 ジャッキー・チェンがデビューして、今年(2018年)で45周年を迎えたから?


 プロデューサーか誰かが彼のファン、とか?


 従来の曲の流れからしても、いきなり「酔拳」が出てきたようなので、細やかながら?彼女達(※正確にはスタッフ?)なりの「祝45周年」に向けたメッセージと捉えるのが無難なところと思われる。


 つまり「ジャッキー・チェン=酔拳」のイメージが根強い、のか?


 個人的にいうなら、若干地味だが「少林寺木人拳」も好きである・・・そんな話、どうでもいい、か






| | コメント (0) | トラックバック (1)

これが究極の"存在しないアイドル"なのか?現代アイドル危機一髪!響木アオ「スタートの合図」

 ここ最近、やたら「存在しないアイドル」を強調している私だが、名前等は失念してしまった(※響木アオではなかった、はず?後述するキズナアイかも?)ものの、中央にパネルのようなものを設置し、そこに二次元アイドル?を登場させ、両脇を三次元たる?実存するアーティストが固め、共演するという従来では考えられなかった手法による「二次元アイドルライブ」なるものを行っていたのを音楽情報番組?で見かけたことがある。

 

 しかもファンが二次元アイドルに対して、サイリウムで声援を送っていたのだ。時代が変わったとはいえ、あまりにも変わり過ぎではないか。


 だが、ひとつ疑問が浮かんだ。


 まさかリリースイベント等で握手会やサイン会の類を開催しているのだろうか?さすがに実体がないだけに不可能なはずである。となれば、当然三次元の地下ドル、ロコドルらとの対バンもあり得ないだろう。


 いや、初音ミクや鏡音リン、はたまた今回の響木アオのような存在同士ならば、設備さえきっちりしていれば決して不可能ではない。果たしてアドリブが利くのか?MCは大丈夫なのか?という一抹の不安はなくはないが、後は裏方がしっかりしているか、にもよるのかもしれない。


 例えば、秋元康氏がプロデュースする二次元アイドルユニット「22/7」や神奈川県相模原市の"架空"ロコドル「ツブ☆ドル」ならば、表向きはともかく、実態は声優がパフォーマンスしているのに等しいのだから、まだ納得できる。

 

 そこに人工知能アイドル(仮)が出てきたら、混乱は必定だろう。

 

 ・・・というか、響木アオは私の想像を遥かに超える存在だった。

 ニコニコ大百科(仮)によると、彼女は"バーチャルYouTuber"アイドルで、ハロクリ(※株式会社ハローのYouTuberプロダクション)に所属していたが、2018年7月に"バーチャルYouTuber"の先達?キズナアイが所属するupd8に加入(移籍?)していたという。


 しかもエイベックスにアイドル、作詞作曲家としてダブルデビューを果たしたらしい(2018年8月)。という事は、二次元なのにメジャーデビュー?


 これでいいのか、現代アイドル達よ!

 
 二次元アイドルにも関わらず、作詞作曲をするって、そのうちバーチャルシンガーソングライター(仮)としてデビューしないだろうな?現代アイドルを理解するだけでもイッパイいっぱいなのに


 そのうえ響木アオ公式ファンクラブ「アオランド!」まで存在するらしい。この時点で私の脳はオーバーヒートに近い。

 
 だが、冷静に考えてみると、二次元アイドルが現代アイドルの如く?突如出現して勝手に活動を行うはずがない。それにヴィジュアルといい、キャッチ等の設定等、ギ〇ックを考案する裏方が確実に存在するはずだ。

 
 表現は悪いが、つまり"バーチャルYouTuber"とはいえ、裏で何かしらの操作を行っているフィクサー的存在があるはず、という事である。そのキーを握っているのがハロクリ、upd8なのかもしれない。


 果たして歌っているのがボーカロイドなのか、コンピューターなのか、あるいは裏方、"バーチャルYouTuber"の正体なのかを見分けるのは非常に難しい。

 
 このような存在が普通になってしまったら、ボイス・トレーナーやコレオグラファーの存在も不要になるばかりか、いわゆるギャランティーまでも支払い不要になり、ひいてはコスト削減に大きく寄与する。


 裏方の給与は絶対不可欠だが?芸能事務所自体も不要となり、メンバーの人手不足、後継者不足に悩まされる事もなくなる(※裏方は別扱い?)。よって新メンバーが登場する事はあっても、原則として既存メンバーの脱退、卒業等はない(※ギ〇ックはアリ?)。


 ひいてはベクトルで揉めたり、事務所の犯罪行為、はたまたメンバー自身の不祥事も皆無になる。最大のメリットは、二次元アイドルゆえに「永久に年を取らない」事、ひいては裏方が壊滅状態にでも陥らない限り「半永久的に活動可能」な事だろう。


 記せば記すほど、メリットしか浮かんでこないが、これで本当にいいのかどうかは、個々の判断に委ねたい。


 時代に逆らえないとはいえ、個人的には何か違うような気がするのだが・・・?


 その裏では、現在活動中の二次元、2.5次元(※二次元と三次元の間を行き来する存在も含む)を標榜する現代アイドルの立場が不安定になる危惧はあるというのに・・・。






 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こちらも全国流通決定!あれ、キミらもどこかで見たような・・・?LovRAVE「Love Line/浪花ナデシコ」

 例えが悪く恐縮だが、雰囲気はいかにも関西風なのに、曲調はK-POPを想わせるミスマッチぶりだ。曲調等を変えれば、スターダスト系になりかねないから避けた、とか?


 おそらく東京進出に伴うもの、ひいては将来的にメジャーデビューを目論んだ作戦なのかもしれないが、後述するように標準語の使用を禁止するくらいならば、思い切って雰囲気をそのまま活かして「関西風」にアレンジしても良かったのでは、と思う。


 やはり業界に"東京>大阪"といった構図が根強く残る証拠なのだろうか。


 いや、関西人の東京に対する負い目のようなものがDNAの如く、埋め込まれているのかもしれない。でなければ、このようなミスマッチは生じないはずだ(※誹謗中傷の意図等は全くない)。


 尤も、そうなってしまったであろう理由も分からなくはないのだが、個人的には「浪花ナデシコ」の方が彼女達らしく感じる。

   「ラブレイブ」と読む。 公式サイトによると「愛と勇気と笑いを届けるため、関西からやって来た4人組同級生(※4人とも同じ、大阪スクールオブミュージック高等専修学校の生徒だったらしい・・・という事は、SO.ON project出身である!)」とされ、「高校(※前出)卒業と同時に上京し、東京でのライブ活動、音源制作に取り組んできた」が、今作「Love Line/浪花ナデシコ」がデビューシングルにして、初の全国流通盤となった模様。


 
 ・・・道理で見覚えのある顔ぶれのはずだ。

 

 なお上京しているとはいえ、SHOWROOMをはじめ、ステージやメディア出演時などでは標準語使用が禁止されているらしい。それでこそ、ほんまもんの大阪出身現代アイドルや~っ「笑い」を外さへんとこも、大阪らしいわっ!と言いたいところだが、どうしてもK-POPを意識しすぎた曲調が気になってしまう。


 というか、先にLovRAVEをピックアップしていた事をすっかり忘れてしまっていた私である(※本内容は前回と若干被る部分もあるが、新たに判明した内容も含んでいるので何卒ご了承願いたい)。


 同校出身の現代アイドルで気になるのは、やはり「Be My Baby」の存在だろう。個人的にも"このみん"推しなのでどうしてもアチラに目が向いてしまう。


 そして、2018年5月に解散した"on and Go!"である。くれぐれも彼女達と同じ轍を踏まないよう、しっかり活動いただきたいと思う。

 
 あくまで曲次第で様々な表情に変わるものとは思うが、今回の場合、全国流通のためにはやむを得ない手段だったのかもしれない。早くも次作に期待する、か?




 

| | コメント (0) | トラックバック (2)

ヴィム・ベンダース監督の言葉から再考する、私見「写真とは何か?」

 映画監督として50年以上のキャリアを持ち、写真撮影時にはポラロイドを愛用するヴィム・ベンダ-ス氏が「iPhoneで撮った写真は、写真とは呼べない」とメディアに語ったらしい。

 
 その理由は、次のとおり(以下、理由を除き私見)。



撮影後は誰も見ない。プリントもしない。

 撮影された映像は、殆どiPhone(※正確にはandroid等も含むだろう)の中で眠ったままの、いわば休眠状態にある。見せるとしても、余程珍しい光景を捉えた際の証拠映像でしか利用されない傾向が高い。また、写真は本来プリントアウトしてこその物だ。

 但し、フォトストレージサイトが普及した昨今において、即時に公開できるというメリットがある事を忘れてはいけない。一方で、個々のプリント技術が低下する危惧もある(※ラボなどに任せるのも一手だが)。


 勿論、ポラロイドをはじめとするインスタントカメラの即時性には勝てないが・・・。




簡単に加工でき、創造性を奪う。

 確かに画像加工アプリ等がプリインストールされており、積極的な利用を勧めてくるものもある。ベンダース氏のいう「後から加工できる便利さが創造性に悪影響を及ぼしている」傾向は無きにしも非ずだが、一切後処理を行わなわなければ(※つまり、撮って出しに近い状態であれば)何の問題もないと考える。

 但し、プロ写真家の中にも「RAW撮影しておけば、安全」とする見方があるのも事実。それが「後から加工」に繋がらないとは言い切れない。勿論、最低限の処理に留めるのであれば、ほぼ問題ない。

 

現実を写し取れない。

 これを言われると再び「写真とは何か?」と考えなければならないだろう。真の現実が何なのか?という部分もあるが、露出補正やのように「後から加工」「+RAW撮影」等をあれこれ加えると、現場にいても非現実を写し取っているに等しい。


 ペンダース氏自身も自撮り(セルフィー)するらしいが、「鏡を覗き込むのと同じで、写真とは呼べない」と強く主張している。


 そうなると限りなく現実に近い映像が得られるのは、ポラロイドを含めたインスタントカメラ、という結論に至りかねない?


 またプロの中には「必ずしも現実を捉える事だけが写真とは限らない」と力説するのもいる。デイライト下であっても夜間撮影したかのように見せるのも技術のうちであり、撮影者の自由とされる。ベンダース氏がこれを聞いたら、何と言うだろうか?


~補足~

 ベンダース氏はあくまで「iPhone(スマートフォン)で撮影した映像が写真とは言えない」としているだけで、デジタル一眼カメラで同様に撮影した物を写真と呼ぶのか?については言及されていない。まして撮影後にエフェクトをかけられる機種が増えている昨今において、氏の言われる内容と整合性が取れるのか?という疑問も残る。

 

 個人的にはペンダース氏の意見に賛成するが、細部で異なる部分がある。仮にフィルム撮影したものが写真と定義するなら、フィルムが続々と減産、生産終了していく中において、真の意味での写真は撮影できない事になってしまう。


 デジタル全盛の時代に、私達は「写真」という幻想に振り回されているだけなのか?


 しかも、ペンダース氏はスマートフォンで撮影した映像についての再定義を考えているらしい。果たしてどう名付けるのだろうか?


 ともあれ、まずは一家に1台、インスタントカメラ、か?

 

☆出典、引用:2018年8月4日付iPhone Mania記事『"iPhoneで撮った写真は、写真とは呼べない"著名映画監督が語る』




| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧